マネサバおじさん      

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マネー・サバイバル

—知識を武器に、未来を変える—

2025年3月31日

東芝、危機が生んだ奇跡の出会いと新たな挑戦


かつては世界を席巻した技術大国、東芝。フラッシュメモリーやノートパソコンといった世界初のヒット商品を次々に生み出した企業も、この10年は不正会計巨額損失といった不祥事で迷走を続けました。売り上げ規模で6割もの事業を失い、技術力にも陰りが見え始めた東芝。しかし、そんな逆境の中でも、未来への希望をつなぐタネは着実に育まれていました。


疑似量子コンピューターという突破口

川崎市にある東芝のオフィス。そこに置かれた、まるで家庭用ゲーム機のような大きさの装置こそが、東芝が生み出した疑似量子コンピューターです。

通常の量子コンピューターが複雑な冷却装置や大型の設備を必要とするのに対して、この疑似量子コンピューターはコンパクトで持ち運びも可能。開発したフェローの辰村光介氏は、「持ち運びもできますよ」と誇らしげに語ります。

この技術がすごいのは、量子コンピューターの計算手順を、既存のコンピューターでソフトウェア的に再現してしまったこと。これにより、これまでは計算量が膨大すぎて候補に挙がらなかった新薬の開発が、わずか2時間で完了するという、画期的な性能を実現しています。


偶然が生んだ奇跡のタッグ

このイノベーションの裏には、偶然の出会いがありました。量子力学を研究していた後藤隼人氏と、半導体技術者の辰村光介氏。二人は社外の懇親会で偶然知り合い、意気投合します。後藤氏が描く理論のすごさを世界で初めて理解したのは、自分かもしれない——そう感じた辰村氏は、後藤氏の理論を具現化するために半導体の開発を買って出ました。

その結果、既存の疑似量子コンピューターの14倍という驚異的な処理能力を実現。すでに創薬支援、物流整流化、株式の超高速取引といった分野で実用化が進んでおり、今後は人工知能(AI)との融合再生可能エネルギー、交通システムなど、さらに幅広い社会実装が期待されています。


危機がもたらした「行動力」

東芝が量子コンピューター研究に着手したのは1991年。当初は、半導体の微細加工に役立つかもしれないという、気長なスタンスで続けられていました。しかし、2015年の不正会計問題、2016年の原発事業巨額損失。会社が存続の危機に立たされたことで、後藤氏たちは「悠長なことは言っていられない」と、研究の実用化に本気で取り組むようになったのです。

この危機がなければ、そして二人の出会いがなければ、東芝は再び表舞台に立つことはなかったかもしれません。


「偶然」を「必然」に変える挑戦

今、東芝はこの奇跡を組織的に再現しようとしています。川崎市の研究開発センター内に設置されたイノベーション・パレット。研究者たちが気軽に交流できる場をつくり、後藤氏と辰村氏のような化学反応を意図的に生み出そうとしているのです。

旗振り役である最高技術責任者(CTO)佐田豊氏は、「2人の出会いのようなケースを連発することこそが、我々が目指すものだ」と語ります。


東芝は再び蘇るのか

一人の社長の失敗で数万人の将来が揺らいだ——そんなイメージがつきまとった東芝。しかし、企業の力とは、一部のトップだけで成り立つものではありません。現場には、今でも世界に誇れる技術者たちがいて、未来を切り開く力を秘めているのです。

東芝が本当の意味で復活できるかどうか。それは、こうした**「技術のかけ算」**を、どれだけ組織として支え、加速できるかにかかっています。


東芝、危機が生んだ「疑似量子」 技術のかけ算で道開く

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC21BD40R20C25A2000000/
日経新聞 2025/3/31